町名の由来 月島地域
| 平成18年6月1日号から7回にわたり、住居表示実施前後の町名について、その由来を紹介してきましたが、今号の月島地域で終了となります。 | |
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■佃地区 新佃島西町、新佃島東町、佃島(旧町名) 佃島の東方を埋め立てて、新たにできた区域で、新佃島と命名。現在の清澄通りを挟んで西側を新佃島西町、東側を新佃島東町としました。 佃(現町名) 佃の町名摂津国西成郡佃村(大阪府)の名主森孫右衛門に従って江戸に下った33人の漁師たちが築いた島であることから、佃島と称しました。昭和42年3月の住居表示実施により、佃となりました。 |
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■月島地区 月島西河岸通、月島東河通、月島西仲通、月島東仲通、月島通(旧町名) 町名については、埋立てが完了したところから、月島通を中心に西仲通・西河岸通・東中通・東河岸通と府令により付されました。 月島(現町名) 明治20年から行われていた埋立てによりできた地域です。東京湾内に月の岬という観月の名所があったことにちなんで、当時の東京市参事会の決議により命名されました。 勝どき(現町名) 勝鬨(かちどき)橋の名にちなんだ町名です。 橋名は、日露戦争の旅順陥落の際、建設した「勝鬨(かちどき)の碑」とその河岸に開いた渡しを「勝鬨(かちどき)の渡し」と命名したためと思われます。 豊海町(現町名) 昭和38年に完成した埋立て地で、町名は住民の町名アンケートの中から選ばれました。 晴海町(旧町名) 昭和12年7月に晴海町一丁目から六丁目ができました。町名は当時の区会議(京橋区)で「いつも晴れた海を望む」という希望から決定されました。 晴海(現町名) 昭和40年の住居表示の実施で「町」の字がなくなりました。 |
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昭和39年8月佃大橋完成まで運行していた「佃の渡し」 |
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平成19年6月1日号より
【問合せ先】建築課調査係 TEL 3546-5453 |
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