「海水館」
【かいすいかん】

所在地 佃3-11-19  
所有者 坪井チョウ子氏

 海水館は明治38年に坪井半蔵によって建設された割烹旅館でした。当時の月島は東京湾を臨む風光明媚な地で、海岸に面した松林の多いところでした。宮城県仙台市の建物を移築して旅館兼下宿として開業しました。閑静な地であるため明治末期から多くの文学者に執筆場所として利用されました。建坪は130坪の二階建で部屋数は24ありました。明治40年から島崎藤村が自伝小説『春』をここで執筆し新聞に連載しました。小山内薫は海水館に止宿し、明治44年から『大川端』を執筆しています。

 詩人の吉井勇は大正2年から止宿して歌集『毒うつぎ』の創作に励みました。三木露風は明治45年と大正2年に止宿し、詩集『白き手の猟人』をまとめ『白荻紅荻』には「月島の広き草原風吹きて東の風の涼しかりけり」の一首もあります。海水館は大正12年の関東大震災で全焼しましたがそのときの石畳が今も坪井宅に残っています。

 海水館はその後も下宿として続いていますが、明治から大正年間にかけて著名な文学者が種々の作品を執筆した場所として中央区にとって貴重な史跡です。

 

▲「海水館復元想像図」小澤 尚 氏作(月島図書館所蔵)

問合せ先 社会教育課文化財係 TEL(3546)5537