町名の由来 京橋地域その(三)

   

■八丁堀地区

八丁堀(現町名)

八丁堀地区 町名は、堀割の名称に由来します。八丁堀は寛永年間(1624から1643年)に造ら れた堀で、長さが八町(約872メートル)であることからその名がつきました。

西八丁堀(旧町名)

昭和6年に本八丁堀ほか7町を合併し八丁堀としたのに対し、その西側にあった松屋町・高代町・岡崎町・本八丁堀の一部を合併してできた町名です。

八丁堀地区

「与力・同心組屋敷跡」
 時代劇で良く耳にする「八丁堀の旦那」とは江戸町奉行の与力・同心のことで現在の八丁堀周辺に組屋敷がありました。

      

■新川地区

新川(現町名)

新川地区 町名の由来については明らかではありませんが、万治年間(1658から1660年)に開削され、現在の新川を東流していた川を新川と称していたことから、川名をとって町名としたものと考えられます。

霊岸島(旧町名)

寛永元年(1624年)、下総国(千葉)生実の浄土宗善昌寺の僧霊巌が埋めたてて、霊巌寺を建立したことによります。

越前堀(旧町名)

越前福井の松平家の邸地のあった所で、これを囲む堀を越前堀と称したことから、明治5年町名としました。

新川地区

「南高橋」

新川二丁目と湊一丁目を結ぶ橋で、明治37年隅田川に架けられた旧両国橋の中央径間が使用されています。区民有形文化財。
使用されている道路橋としては都内最古のものです。

平成18年10月1日号より

  

【問合せ先】建築課調査係 TEL 3546-5453