町名の由来 京橋地域その(一)
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町名は地域の歴史や伝統、文化を色濃く伝えています。 特に中央区は商工業の中心として栄え、人名や職業などにちなんだ由緒ある町名も数多くあります。また、一方では住居表示の実施(昭和40年から昭和62年)により、姿を消した町名もあります。 今回から5回にわたり、住居表示実施前後の町名について、その由来を紹介していきます。町名の由来はさまざまある場合がありますが、掲載する内容は、区が住居表示実施完了後(昭和63年)、「町名の移り変わり」として取りまとめたものです。 |
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■銀座地区 銀座(現町名) 銀座地区 銀座とは銀貨鋳造所のことで、慶長17(1612)年、銀座を駿府(静岡)からこの地(現在の銀座二丁目あたり)に移したことから、俗称で銀座と呼ぶようになりました。 銀座西(旧町名) 明治2年の江戸町名改正により、新両替町・三十間堀・与作屋敷の一部を銀座一丁目から四丁目としました。その後、昭和5年に尾張町ほか9町を銀座五丁目から八丁目とした際、その西側に位置する南紺野町ほか15町を銀座西としました。 銀座東(旧町名) 銀座の東側に位置する木挽町と銀座との間にあった三十間堀川が埋め立てられ地続きになること、銀座の西側に銀座西があったことに対応して、地元住民の希望が実を結んでできた町名です。
昔の銀座四丁目交差点付近 |
銀座地区 |
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■八重洲二丁目・京橋地区 八重洲(現町名) 八重洲二丁目・京橋地区 慶長(1596から1614年)のころ、オランダ人通訳ヤン・ヨーステンが内堀沿いに邸地を拝領したことから、このあたり一帯を「やよす河岸」と称し、後に八重洲町となりました。その後、昭和29年に八重洲となったものです。 京橋(現町名) 東海道の起点である日本橋から京へ上る最初の橋であったことから、京橋の名が生まれ、それが町名となりました。 宝町(旧町名) 昭和六年、中沢彦吉(注)の発案により、めでたい名を選んでつけられました。 (注)明治時代の実業家。明治25年、衆議院議員に当選し同時に東京市会議員となりました。 |
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「平和の鐘」 八重洲通りから、平和を祈念する心なごむメロディが、午前9時から午後9時の毎正時に流れます。 |
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平成18年6月1日号より
【問合せ先】建築課調査係 TEL 3546-5453 |
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